大阪高等裁判所 平成4年(ネ)1038号 判決 1993年4月15日
平成四年(ネ)第一〇三八号事件被控訴人
松本昌明
(同年(ネ)第一〇四五号事件控訴人)(原告)
ほか一名
平成四年(ネ)第一〇三八号事件控訴人
高瀬幸一
(同年(ネ)第一〇四五号事件被控訴人)(被告)
主文
一 第一審被告の控訴に基づき、原判決主文第一項を次のとおり変更する。
第一審被告は、第一審原告松本昌明に対し二四万〇六〇〇円及び第一審原告松本秋雄に対し二〇万五〇〇〇円並びにこれらに対する平成三年六月二八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 第一審原告らの控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを五分し、その四を第一審原告らの負担とし、その余は第一審被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 平成四(ネ)第一〇三八号事件
1 第一審被告
(一) 原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。
(二) 第一審原告らの請求をいずれも棄却する。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。
2 第一審原告ら
(一) 第一審被告の控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は第一審被告の負担とする。
二 平成四(ネ)第一〇四五号事件
1 第一審原告ら
(一) 原判決を次のとおり変更する。
第一審被告は、第一審原告昌明に対し一一三万四九六五円及び第一審原告秋雄に対し六一万一八一三円並びにこれらに対する平成三年六月二八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。
2 第一審被告
(一) 第一審原告らの控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は第一審原告らの負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、第一審原告昌明が第一審原告秋雄所有の普通乗用自動車を運転中に、第一審被告運転の普通乗用自動車に衝突され、次の損害を被つたとして、第一審原告らが第一審被告に対し、自賠法三条、民法七〇九条に基づき、その賠償を求めたものである。
1 第一審原告昌明
(一) 治療費 二五万一六三五円
(二) 休業損害 一五万三五五八円
(三) 代車使用料 六〇万〇〇〇〇円
(四) 通院交通費 二万九二四〇円
(五) 慰謝料 七〇万〇〇〇〇円
(六) 文書料 八〇〇円
(七) 弁護士費用 一五万〇〇〇〇円
(八) 損害額合計 一八八万五二三三円
(九) 自賠責保険既払額 七五万〇二六八円
(一〇) 損害残額 一一三万四九六五円
当審で原審における請求元金一四五万七四六〇円を右のとおり減額した。
2 第一審原告秋雄
(一) 修理費 一九七万八三三〇円
(二) レッカー代、車預け料 一〇万五〇〇〇円
(三) 評価損 四〇万六八一三円
(四) 弁護士費用 一〇万〇〇〇〇円
(五) 損害合計 二五九万〇一四三円
(六) 車両保険既払額 一九七万八三三〇円
(七) 損害残額 六一万一八一三円
当審で原審における請求元金一三二万円を右のとおり減縮した。
二 争いのない事実等
1 本件事故
第一審被告は、平成二年一二月一七日午前九時三五分ころ、自己所有の普通乗用自動車を運転して、加西市福居町八七番地先の路上を北から南へ走行中、誤つて対向車線に進出し、折から対向車線を走行してきた第一審原告秋雄所有で第一審原告昌明の運転する普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)に衝突し、同車を破損させ、第一審原告昌明に負傷させた。
2 責任
本件事故は、第一審被告の一方的な過失によつて発生したものである。したがつて、第一審被告は、本件事故につき、自賠法三条、民法七〇九条により、第一審原告らに対し、損害賠償義務を負う。
3 損害
第一審原告昌明の治療費(前記一の1の(一))、文書料(同(六))、同自賠責保険の既払額(同(九))、第一審原告秋雄の修理費(同2の(一))、レッカー代一万八〇〇〇円(同(二)の一部)、車両保険既払額(同(六))
三 主な争点
本件は損害額だけが争いになつているが、損害額に関する当事者双方の主な主張は、次のとおりである。
1 第一審原告昌明の代車使用料(前記一の1の(三))
(一) 第一審原告昌明は、事故の日から被害車両の修理が完了するまでの一二〇日間、一日五〇〇〇円の割合で合計六〇万円の代車使用料を損害として主張する。
(二) これに対し、第一審被告は、同原告には代車を使用する必要性がなかつた旨主張して争う。
2 第一審原告昌明の慰謝料(前記一の1の(五))
(一) 第一審原告昌明は、自賠責保険の支払基準に基づく認定額でさえ通院慰謝料を三四万〇四〇〇円としているところ、通院期間、本件事故後の第一審被告の不誠実な態度、被害車両の取扱い、本件事故は第一審被告の一方的な過失によつて生じたこと、被害車両に対する第一審原告らの愛着などを考慮して、慰謝料額は七〇万円とするのが相当であると主張する。
(二) これに対し、第一審被告は、第一審原告昌明の障害はいわゆるむち打ち症で通院実日数は四六日であるところ、実通院日数一五日をもつて一か月の通院とみなしたうえ、通常慰謝料四〇万円の三分の二である二七万円とすべきであり、さらに、第一審原告らは、本件訴訟に証拠として提出したタクシー料金の領収書を偽造したのであつて、右金額を減額する理由こそあれ、これを増額する理由はない旨反論する。
3 第一審原告秋雄の車預け料(前記一の2の(二)の一部)
(一) 第一審原告秋雄は、第一審被告においていつたん新車を提供すると提案しながら後にこれを拒否したが、その間やむを得ず被害車両を預けたままにしていたもので、預け料は本件事故と因果関係のある支出であると主張する。
(二) これに対し、第一審被告は、レッカー代一万八〇〇〇円は争わないが、残金八万七〇〇〇円は車の置き賃であり、これは第一審原告らが無理な新車要求にこだわり、長期間にわたり車を放置したための支出であつて、事故との因果関係はなく、第一審被告が賠償義務を負う損害ではない旨主張する。
4 第一審原告秋雄の評価損(前記一の2の(三))
(一) 第一審原告秋雄は、修理費の額が多くなれば、それに比例して評価損の額も大きくなるところ、日本自動車査定協会作成の被害車両に関する事故減価額証明書によれば、修理費が一九一万二一三〇円の見積りで評価損が三九万三二〇〇円と査定されており、その修理費中の割合は〇・二〇五六三四であるところ、実際に要した修理費は一九七万八三三〇円であるから、これに対する右割合の評価損額は四〇万六八一三円であると主張する。
(二) これに対し、第一審被告は、修理を行つても完全に修復し得ないことによつて生ずる車の機能の低下を損害として賠償すべきことに異論はないが、本件ではそのような損害の証明はなく、また、事故車というだけで商品価値の下落が見込まれる場合にも評価損を認める考え方があるが、その損害額について客観的尺度が存在しないし、この損害は車が他に売却されたときに初めて現実のものとなるもので、そのまま使用を継続するときには損害は顕在化しないうちに時の経過とともに回復されてしまうなどの難点があるので、右のような事故歴による減価は認めるべきではない旨主張する。
第三争点に対する判断
一 以下、損害額について判断するが、事故発生後本件訴訟に至までの経過の概要は、次のとおりである(甲一七、一八、乙二の1ないし3、三ないし六、弁論の全趣旨)。すなわち、加害者の第一審被告は本件事故により負傷し、事故当日の平成二年一二月一七日から平成三年一月一三日まで入院していたところ、この間、保険代理店を営む岩本康義が第一審原告らの代理人として第一審被告を訪ね、三回にわたつて話合いを持ち、新車の購入を要求し、第一審原告秋雄所有の被害車両は第一審被告の対物保険で修理し同被告がこれを取得するとの提案をしていたが、話は進展しなかつた。同月一五日、第一審被告が妻及び妹婿の友口とともに第一審原告ら方に赴いて話し合い、第一審原告らの要求に応じて新車を購入するが、人身事故の件も合わせて早期に示談による解決をして欲しい旨を申し出たところ、第一審原告らは第一審原告昌明の治療が続いていることを理由に人身事故の示談を断り、合意には至らなかつた。同月一八日、友口が第一審原告ら方に電話をして、希望の車種を問い合わせ、人身事故についても示談に応じるように求めたがこれを断られた。これに先立つて、第一審原告らは第一審被告を相手方として同月一四日社簡易裁判所に対し調停を申し立てていたものであるが、同年二月一四日第一回調停期日が開かれ、第一審原告らが三八〇万円の支払いを求めたのに対し、第一審被告は修理費見積額一三四万円と評価損等解決金として一六万円の合計一五〇万円の支払いを申し出た。第二回調停期日が同年三月二七日に指定されたが、第一審原告らは、話合いが長引けば被害車両の修理ができなくなると考え、同年二月一八日調停を取り下げ、同月一九日被害車両を修理に出したところ、同年四月一九日修理が完了し、同月二一日その引渡しを受けた。その後、示談交渉のないまま、第一審原告らは、同年六月二二日、本件訴えを提起した。
以上の認定事実によれば、被害車両の修理が遅れたことにつき、第一審原告らと第一審被告のいずれに責任があるとも、直ちに決め難いというべきである。
二 第一審原告昌明の損害
1 治療費 二五万一六五三円
当事者間に争いがない。
2 休業損害 一〇万九一九三円
甲三によれば、第一審原告昌明は、本件事故により負傷し、平成二年一二月一七日から平成三年一月四日までの一九日間欠勤したこと、同原告の勤めは三交代制で年末年始も休みはないこと、第一審原告昌明の本件事故直前三か月の給与所得合計は五一万七二三三円であることが認められ、右合計額を九〇日で除した五七四七円が一日の収入であるから、休業損害はその一九日分の一〇万九一九三円である。
3 代車使用料 〇円
原審における第一審原告昌明の本人尋問の結果によれば、原告は被害車両を使用して自宅から約三キロメートルの会社に通勤していたことが認められるところ、バスや電車等の公共の交通機関やタクシーの利用では不十分であることなどの主張、立証がなく、そのうえ、原審における第一審原告昌明本人尋問の結果によれば、第一審原告ら宅には被害車両のほかに普通乗用車、軽トラック、原付自転車各一台が所有されていることが認められるから、代車使用の必要性があるものとはいい難く、代車使用料相当の損害の主張は採用できない。なお、甲一八には、第一審被告は「代車料は何ぼ要つたつて払います。」と言つた旨の記載があるが、仮に第一審被告がそのように言つたとしても、それは代車の必要性が認められる場合には支払う趣旨のものと解すべきであるから、右の記載をもつて第一審原告昌明の主張を採用することはできない。しかしながら、右普通乗用車は、主として第一審原告昌明の母親が使用しているため同原告が本件事故から前記修理完了までの約四か月間被害車両を使用できなかつたために日常生活のうえで不便を被つたことは窺えないでもないから、後記慰謝料の算定の際に考慮することとする。
4 通院交通費 二万九二四〇円
甲四の2、3、一〇の1、2、一三によれば、第一審原告昌明は、本件事故により負傷して、前野整形外科に四三日間通院したこと、同病院までの往復のバス料金は六八〇円であることが認められるから、同病院への通院交通費は二万九二四〇円である。なお、甲四の1によれば、市立加西病院にも三日間通院したことが認められるけれども、その通院のための交通費に関する甲九の1、2(タクシー料金一万九〇〇〇円)は乙一四、一五に照らすとその真正な成立を認めることができず、他に右三日間の通院交通費の額を認めるに足りる証拠はない。
5 慰謝料 五〇万〇〇〇〇円
甲四の1ないし3、一〇の1、2、一三、二一によれば、第一審原告昌明は、本件事故によつて頸椎捻挫の傷害を受け、平成二年一二月一七日から平成三年六月一八日まで六か月間(ただし、通院実日数は四六日間)通院したこと、右傷害がいわゆるむち打ち症であること、前記被害車両を使用できなかつたことにより日常生活上の不便を被つたこと等諸般の事情を斟酌して、慰謝料額を五〇万円と認めるのが相当である。
6 文書料 八〇〇円
当事者間に争いがない。
7 弁護士費用 一〇万〇〇〇〇円
8 損害額合計 九九万〇八六八円
9 自賠責既払額 七五万〇二六八円
当事者間に争いがない。
10 損害残額 二四万〇六〇〇円
三 第一審原告秋雄の損害
1 修理代 一九七万八三三〇円
当事者間に争いがない。
2 レッカー代・車預け料 一〇万五〇〇〇円
レッカー代一万八〇〇〇円については当事者間に争いがない。前記一の判示事実、甲五の3、原審証人松本たか子の証言、当審における第一審被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、第一審原告らが第一審被告に対して新車の購入を要求して示談が進まず、そのために被害車両の修理が遅れたことが認められるけれども、前記判示の交渉の経緯、事故の態様、被害車両の損傷の大きさなどに照らすと、第一審原告らの一方的な落ち度で交渉が長引いたとまではいい難く、修理に出すのが遅くなつたのもやむを得ないところがあるというべきであるから、右金額からレッカー代を除いた残額の車預け料も本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
3 評価損 〇円
本件においては、修理完了後も自動車の性能、外観等が事故前よりも劣つたまま元に戻らないこと、修理直後は従前どおりの使用が可能であるとしても時の経過とともに使用上の不便及び使用期間の短縮などの機能の低下が現れやすくなつていることを認めるに足りる証拠はない。そして、甲二〇によれば、被害車両について日本自動車査定協会は平成三年四月二四日を査定日として本件事故のための減価額が三九万三二〇〇円であることを証明していることが認められるけれども、原審証人松本たか子の証言によれば、本件事故前に第一審原告秋雄が被害車両を買い換える計画はなかつたことが認められ、また、近い将来に被害車両を転売する予定であること、その他、右減価を現実の損害として評価するのを相当とする事情についての主張、立証はないから、右のような減価があるとしてもそれは潜在的・抽象的な価格の減少にとどまり、同原告に同額の現実の損害が発生したものとは認め難い。したがつて、第一審原告秋雄の評価損の主張は、採用することができない。
4 弁護士費用 一〇万〇〇〇〇円
5 損害合計 二一八万三三三〇円
6 車両保険既払額 一九七万八三三〇円
当事者間に争いがない。
7 損害残額 二〇万五〇〇〇円
四 以上によれば、第一審原告らの本訴請求は、第一審被告に対し、第一審原告昌明が二四万〇六〇〇円及び第一審原告秋雄が二〇万五〇〇〇円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成三年六月二八日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却するべきである。
第四結論
よつて、これと一部結論を異にする原判決は変更を免れず、第一審被告の控訴に基づき原判決主文第一項を右の趣旨に沿うように変更し、第一審原告らの控訴は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条、九三条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮地秀雄 山崎末記 富田守勝)